飲食店開業では腕よりも経営力のほうが大事と言われます。また飲食業界で高収入を得られるのは腕のいい料理人よりも経営層・マネジメント層です。そこで今回はその経営に関する資格、中小企業診断士について書いてみます。
私は業界15年以上の調理師ですが、中小企業診断士試験にも合格しています(実務補修を終えていないので正式な資格保持者ではないですが二次試験の最終面接まで合格しています)ので、その経験から書いていきます。
飲食業界での資格の価値
さていきなりですが飲食業界では資格というのものはほぼ評価されません。料理系の代表資格と言える調理師免許ですら別になくてもいいという世界です。(調理師免許は料理の技術ではなく主に衛生面での基本知識の証明的なものです。そのため給食業界では評価されます。)
つまり収入を上げるという観点からだと調理師や専門調理師やその他料理系の検定は全く意味がないと言っても過言ではありません。実際私はいろいろと持ってはいますが、給食業界における調理師免許以外は全くメリットはありませんでした。

料理の腕は資格でははかれない、証明できないからです。そうつまり調理師・料理人がその類の資格をプラスしたところで意味はありません。なのでどうせ取るなら料理系以外の資格がおすすめなのですが、全然関係ない資格を取っても意味がありません。そこで出てくるのが中小企業診断士という資格です。
この資格には、財務会計やマーケティングなど飲食経営で重要となる基礎知識がつまっています。実際料理の腕を上げても年収はあまり変わりませんが、経営やマネジメントに関わるポジションにつくと一気に上がっていくのが現実です。料理で一流を目指すのではなく、1.5流×1.5流を目指そうという考え方になります。
中小企業診断士のメリット3つ
もう少し具体的に中小企業診断士のメリットをみていきたいと思います。
最初に強調しておきますが、中小企業診断士の資格を取っただけで急に評価されて転職が決まったり年収が上がることはありません。むしろ試験を通じて学べる内容の方が大事です。私は資格マニアだった時期があるのですが、中小企業診断士は自分が合格した中では一番ためになりました。以下3つにまとめます。
1.企業活動の全体像がつかめる
この資格は診断士つまりコンサルタントのためのものです。そのため企業活動のすべての領域をまんべんなく学習します。
一次試験は以下の7科目に分かれています。それぞれどんな内容かを()内に一例として紹介します。
- 経済学・経済政策…(需要と供給のしくみ。商品の相場はどう決まる?)
- 財務・会計…(儲かる店と潰れにくい店はどう違う?)
- 企業経営理論…(競合に勝つための戦略をどうやって見つけ出す?)
- 運営管理…(安全で効率的な仕組みはどうやってつくる?)
- 経営法務…(会社法。商標とかも。)
- 経営情報システム…(飲食経営もWeb活用などは必須の時代。)
- 中小企業経営・政策…(補助金とか。)
人によって馴染みがある領域もあるとは思いますが、全くわからないという部分が誰しもあるはずです。その全くわからないを無くすことができるのが大きなメリットです。
2.財務諸表が読める、経営分析ができる
中小企業診断士試験では財務・会計という科目が重要になります。そしてこれこそが飲食経営で失敗が多い原因になっている部分です。この経営上の数字(財務諸表)が読める、数字から戦略を立てられるようになることが大きなメリットになります。
財務諸表とは貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書などです。
ちなみに簿記検定とはちょっと違います。簿記は帳簿をつける技術のようなものですが、中小企業診断士はその数字をもとにどう現状を分析し戦略を立てるかという上流工程がメインになります。
この科目で学べること一例です。
- よく聞く経常利益って何?どう算出する?
- 営業利益が多いのに経常利益が少ない場合どんな問題がある?
- 収益性が高い(利益が多い)のと安全性が高い(潰れにくい)のとではどう違う?
こういったことがわかると経営に関わるポジションへの昇格や転職が狙えます。そうでなくても店舗運営などで問題点発見を素早く行えます。数字に対する考え方を磨き、問題発見の切り口を持てるので、人件費や仕入れといった部分にも強くなると思います。
3.他業種へ行っても無駄にならない
中小企業診断士で学べる内容はどんな業種・業界でも無駄にはなりません。スペシャリストの資格ではなくゼネラリスト(まんべんなく何でもできる人)の資格だからです。
例えば試験の肝の一つであるマーケティング。実際の飲食経営でも競合に勝つためにどうやって差別化するか、といったことが重要になります。診断士試験では全業界に共通する考え方やフレームワークを学べるので、仮に全く違う世界にいってもそれは役立てることができます。
飲食業界では転職が多いですが、業界そのものから離れる人も多いです。自分もその可能性が高いなと感じるなら、調理師などスペシャリスト的な資格より、なんでもわかるゼネラリスト的な資格を取っておくほうがいいかもしれません。
ここまでメリットを見てきましたが、ここからは飲食業界の人がこの資格を目指す上での問題点も見ていきましょう。
中小企業診断士のデメリット5つ
1.不要な勉強が多すぎる
飲食業界で生かすということから考えると不要な勉強が多いです。例えば科目ごとほとんど不要といってもいいものもあります(経済学や法務など)。また他の主要科目についてもすべてが飲食と関係が深いわけでもありません。
なので勉強のモチベーションを保つのが難しいと感じるでしょうし、合格後も知識を使う前に忘れてしまう領域のほうが多いでしょう。
2.難易度が高い
一次試験、二次試験の合格率はそれぞれ20%程度です。一次試験を突破した20%の中からさらに20%です。つまりストレート合格率はわずかに4%です。一般的にも難関資格に分類されています。
しかも高学歴の受験者も多いのでそれらのライバルに勝たないといけません。ただし内容自体はものすごく難しいというわけではないです。
大変なのは範囲の広さつまり学習量です(次項)。
3.勉強量が膨大
一次試験の科目が7つ、二次試験の科目が4つです。科目数だけでも広そうなのがわかります。ちなみに一科目のボリュームがどれくらいかというと、例えば一次試験の財務・会計というのは簿記検定2級よりも少し難しいくらいです。
よく必要な目安として1000時間と言われます。
私は運よく1年弱の勉強でストレート合格できましたが、その間仕事と寝ている時以外はまさにすべてを勉強に当てました。実は仕事中もある意味勉強していました。単純な仕込みの最中などはずっと頭の中で復習したり暗唱したりしていましたし、仕事場にメモを貼って眺めながら刻みモノをしたりしてました。
ご飯を食べながら勉強も当たりまえで、トイレでもお風呂でも、移動中も音声で学習していました。休みの日は20時間勉強したこともあります。時間数を算出するのは難しいのですが、数百時間だと思います。とにかく文字通り生活のすべてをかけてギリギリの点数でした。
仮にもしギリギリ落ちていたら翌年また100~200時間とか勉強しなおしていたことになります。それを繰り返していたら最終的に1000時間を軽く超えていたかもしれません。
4.研修と更新が必要
診断士は試験に合格したら資格保持者になれるわけではありません。基本的に実務補習という研修を受ける必要があります(自分で診断の実務を積める人はその限りではない)。
この補習を受けるためには合格後3年以内に15日間もの予定を空けなければなりません。指定されている日程は連続した土日を含むものになっています。飲食関係で現場だと厳しいことが多いでしょう。
また5年ごとに同じような日程をこなさないと資格を更新(維持)できません。
合格後のスケジュールのほうが試験そのものよりもネックになってしまうという人もいるくらいです。せっかく合格したのに実務補習の日程が空けられなくて3年経ってしまった、5年後の更新をあきらめたというケースも少なくないようです。
5.実は資格自体にあまり価値はない
難関資格の割には実務経験がないと評価されません。足の裏の米粒(取っても食えない)と揶揄されるくらいです。
ただこれはもっともな評価とも言えます。中小企業診断士は企業活動についてまんべんなく基礎知識を持っていることの証明に過ぎないからです。資格を持っているからといってコンサルタントとしてあっと驚くような提案ができるなどということはありません。
専門領域(ここでは飲食)を持っている+コンサルタント(あるいは経営部門)として実務経験を積んでいる、という土台が必要です。その上に中小企業診断士という看板を載せてはじめて箔がつく、というイメージです。
結局この資格どうなの?
デメリットの紹介のほうが多くなってしまいました。結局これらの問題を超えるほどの意味があるかというと、実際...ないと思います。勉強内容は無駄にならず有益ですが、評価という意味ではコスパが悪すぎます。
また経営へのポジションチェンジへの可能性について書きましたが現実にはなかなか難しいと思います。資格よりも圧倒的に経験の方が評価されます。今すでに経営関連部門にいるという場合はいいですが、そうでない場合は資格の勉強よりも実績を積んで先にそういったポジションへの異動・昇格を目指しましょう。
中小企業診断士は料理とは直接関係がない資格ですが、収入アップという意味では調理系の専門資格より断然役立つ内容です。誰にでも”おすすめの資格”とは言えませんが、上を目指したいという人は”検討したい資格”として候補に入れてみてください。