【調理場の実情から考える】病院食はなぜ高いと感じるのか

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病院食一食460円、三食なら一日当たり1,380円(※一般の方の負担額)。「内容や味の割には高額だ」と感じる方は多いのではないでしょうか。

病院食は一般的に「まずい」「おいしくない」というイメージがあると思います。もちろんそんなことはない病院もあるでしょうが、まあ一般的には。

で、その理由としてよく挙げられるのは「味が薄い」「献立のマンネリ」などです。特に普段こってりしたものを食べている方や外食が多い方はそう感じるでしょう。

ただ今回この記事で取り上げるのは「病院食はなぜまずいのか」ではなく、「病院食ってそもそも高くない⁉」という点。

今回の記事では病院厨房の中の人視点でこの点を考察してみようと思います。

最初に簡単に要点を言えば「食材や味じゃない」部分にとてもお金がかかっているという話です。

目次

実際の厨房の人件費ってどのくらい?

私が調理師として働いた病院厨房は入院患者数およそ160~170人。それに対し一日当たり十数人(社員~短時間パート)のスタッフが入っていました。

入院患者一人当たり(/日)にかかる人件費はそれなりに高いです。「日本メディカル給食協会」によると2018年の情報で874円ということでした。

一日約900円ということは、一食当たり換算で300円弱。

病院食の食費は一食あたり640円です(患者負担は460円ですが、医療保険180円がのる)。

つまり半分近くが人件費ということになります。なお食材費相当分は260円です。※経営上食材費も大変です。安いもの=あまりおいしくない素材が多くなります。これは私がいた現場でも常に課題になっていました。

■病院食高いな→大きいのが人件費です。

なぜこんなに人件費がかかるのか

他の飲食や学校給食などに比べてなぜこんなに人件費がかかるのか。病院食はとにかく手がかかる工程が多いです。

病院の厨房は特殊です。おそらく世の中のすべての厨房業務のなかで最も特殊です。メインの調理ではない部分にとても時間と手間がかかっているという意味で。

箇条書きで挙げるなら以下。

  • さまざまな形態食への対応
  • 配膳作業と治療食対応。
  • 衛生管理や確認作業。

それぞれ解説します。

形態食に時間がかかる

まずさまざまな形態食に対応する、という点があります。病院の患者さんは食べる機能や飲み込む機能が低下した方も多いので形態を変える工夫が必要です。

形態5種類前後です。そのままの形、粗く刻んだもの(粗刻み)、刻んだもの(刻み)、さらに細かく刻んだもの(極刻み)、ミキサー(ペースト状)です。なおこれは私のいた病院の例で、ムース食など他の形態を用意するところもありますし、逆に3種類程度の病院もあります。調理した後これらの加工が必要です。※私の勤務先では緩和ケア病棟なども充実していたので、通常食は3分の1程度。あとは全部対応が必要でした。こういった現場も多いです。

さらに別の献立が必要になることも少なくありません。普通の献立が肉料理に対して、対象の患者さんには特別に魚料理を用意したりです。

主食も普通のごはん以外に、軟飯(通常のごはんとおかゆの中間)、おかゆ、おかゆをミキサーにかけたもの、と4種類は必要です。それ以外におにぎり食などもあります(整形で片手が使えない方など)。

病院食は、調理そのものは家庭料理と同じだったり、とても簡単なものもあります。

だたメインの調理工程よりもこれらの対応に時間がかかるのは上記をみてご想像いただけるかと思います。

配膳と治療食対応に時間がかかる

そして大きいのが配膳とその確認作業。アレルギー対応、治療食、これらを患者さん一人一人の指示書(食札)に従って間違えないようにセットしていかなければなりません。

命に関わるので「間違えたらごめんなさい」では済みません。アレルギーはもちろんですが、ミキサー食や刻み食の患者さんにそのままの形を出してしまったりするのは絶対にアウトです。

病気によって特別な対応が必要な方も多いです。特別治療食(現場では単に「治療食」と呼ぶことが多い)です。例えば腎臓病の患者さんなど、細かい特別な調整を配膳の段階でしたりします。この特別な対応は病気や症状により十数種類にもなります。糖尿病はもちろん、肝臓食、潰瘍食その他…。さらに個別に枝分かれしたりもあります。例えば先に挙げた腎臓病食でも、患者さん別に対応が違ったりします。

作業中も気をつけながらになりますが、最終的に二重チェックも入れます。これらの対応時間を合計して割ってみると、一食あたりの盛りつけ~確認で平均2分以上かかる計算になります(私のいた現場)。計算上一日の15~20%くらいはこの配膳と確認作業になります。

なお上記では細かい対応が必要なことを強調しましたが、実際には単純作業の積み重ねも時間的に大きいです。例えば配膳車(入院経験者は見たことがあるでしょうが病室の廊下をガラガラ走っていくやつ)にトレーをセットし、箸とスプーンを置いていく。これだけでけっこうな時間です。

↑調理台の上にバーと広げて作業できるわけではないです。何度も行き来したり、かがんだりすることも多いです。

個人的には「ジムに行かずに有酸素運動ができる」とポジティブに考えるようにしていました。

もう一つ付け加えると、すでに配膳作業の後半に入ってから、当日入院の患者さんが増えたり食事形態の変更指示が出たりします(ゼロのケースの方が少ない)。こういった対応もあります。

衛生管理や確認作業が多め

さらに給食系では当然ですが、衛生管理や確認作業が多めです。例えば温度等の確認・記入など。ただここは特筆すべきことでもありません。学校給食や大手の飲食チェーンでもやっていることです。ただ3食スケジュール通りに提供する以上、その頻度が多めで重要度も高いというのはあります。

作業的に重めなのは配膳車や下膳車の拭き上げ(消毒)。これを一日3回。さらに調理器具の消毒(保管庫に入れて熱を加える)も3回の調理の前段階として必要です。要は通常の飲食店の厨房のように「ちゃっちゃっとすすいでまた使う」とかはできないわけです。

各段階で確認作業も多いです。先に書いた配膳の最終チェックもそうですが、その前段階がたくさんあります。まず電子カルテから患者さんの食事指示が来る仕組みですがそれを集計します。もちろんマクロなどで自動ですが、どうしても人間が確認するポイントはありますし、特に後からの変更は人で対応です。新規の入院や形態等の変更、これが毎食数件はあったりします。変更や追加等の連絡が来たら都度これを更新し現場に伝え、数を合わせなおしたりします。

■病院食は調理そのもの以外にとても時間がかかります。

以上が病院調理で人手がかかる主な理由でした。

いっそコンビニ弁当でいい?

病院食一食460円(※基本の自己負担分)。「病院食まずいのに高けーな」みたいに感じる人って、一時的な入院になる若い人も多いと思います。例えば交通事故で入院した外科や整形外科の患者さんとか。

そういう人なら、コンビニ弁当のほうがいいと思うでしょう(私ならそう思う)。最近のコンビニ弁当は500円くらいはするかと思いますが、スーパーなども含めると平均400円前後でそれなりの弁当が買えます。個人的な好みで言えば500円のコンビニ弁当のほうが病院食よりは食べたいです。

自分が交通事故とかの入院患者だったら、希望すればコンビニ弁当や出前ありならうれしいです。ただ病院である以上難しいのは当然です(健康管理や食中毒など衛生管理…)。また実際にそれをやるとしたら配送料がかかったり、病室まで運ぶ手間、セキュリティ問題などもあります。

実際の病院って長期の病気等で入院されている高齢者が多いです(先の見出しで書いた通り)。なのでどうしてもそちらが中心になります。語弊を恐れずに言ってしまえば通常食の患者さんは割食っているわけです。特別対応に人件費がかかっているので、通常食については「内容や味の割に高額」と感じるのは当然です。

今のところ有力な代替案や改善策は少ない(というかほぼない)

最後に大きな話として課題を挙げておきます。病院厨房は人件費の高騰だけでなく、そもそも人材確保自体が難しくなっています。

これらの解決策としてメジャーなのが以下のような代替方法です。キーワードとしては…

セントラルキッチン、クックチル、ニュークックチル…

調理関係ではない一般の方にはなじみがない言葉かもしれません。

簡単に言うと大規模なセンター一か所で調理してしまい、それを各病院に配送するというやり方。

大規模化して単価を抑えるという考え方です。

ただこれの問題点は、輸送費が高いという点。

また現場視点では、トラブルへの対応や臨機応変な対応が難しい点。※トラブルと言えば以前ニュークックチルに携わった際、機械のトラブルが多発したりで大変でした。

結局現場調理と比べて一長一短、特別優れた方法とは言えません。病院食の人件費が高額になってしまう問題をスパッと解決できるウルトラCはないというのが実情です。

■病院食の人件費問題、代替案はあるもののこれといった解決策はない

そもそも病院食の規定を変えないと厳しそう

なおこの問題を掘り下げると、もっと大きな話になってきます。経営側から見るとそもそも病院食の一食640円(患者自己負担460円)、食材費相当260円というのがきついという点です。

近年病院食提供にかかる経費はすべて値上がり(高騰)しています。つまり最低時給、食材費、光熱費です。おまけに厨房スタッフのなり手も不足。にもかかわらずこの一食当たりの基準額の見直し等がされないとすると、病院側も受託業者側(直営の場合はダイレクトに病院)も厳しいです。

このままだと病院も業者も経営難によりおてあげ、病院食というシステム自体が崩壊する危険もありそうなほどです。

これはもう政治的なレベルで改革を行わないとアウトなのではないかと思います。

まとめ

「病院食ってまずいのに高いな…」と感じる方にその理由の一端を説明してみようと思って書いてみました。

記事中書いてきた通り、調理以外にかかる労力がとても大きいです。単純に「おいしくない」「まずい」という感想を持つ方が多いのは事実でしょう(私もそう思う)。ただ「金払っている割には…」という前置きがつくなら、こういった内部の実情があります、ということを説明してみたかっただけです。

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